雲の湧き上がるように。


<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>


スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


| - | - | - |
殺人者たち
「過失で人を殺すことには耐えられないが
僕の責任で人を殺すことには耐えられるだろう。」

僕がずっと前に書き付けていたメモだ。

たぶん、池田小の事件がらみで考えていたことだ。
また、こういうのもある。

「意識的でなければ責任を問われないのだが、
ある特定の悪意は限定されているゆえに、
無意識の危険人物より安全であり、また刑罰の意味もないのではないだろうか。」

精神錯乱ということを考えている。
まぁ、これは書き過ぎで、刑罰の意味がない、というのはないだろう。
けれども、無意識の殺人者よりも意識的な殺人者のほうが安全だろうとは思う。

別に人を殺そうと思ってこういうことを書いたのではないし
今もそう思ってないので安心してもらっていいのだけれど
刑罰が単なるコストでしかないなら、
殺人というものはなくならないのだろう。

人を殺すということがコストと計りにかけられ
それでも殺すほうに傾いたなら殺す、
逮捕された後は清算を待つだけ。

殺された人間の周囲はたまったものではない。
刑罰で清算されるものなど何もない。
殺されるべき人間だというように思って
ごく普通の人付き合いを続ける人間なんていないのだから
殺されたことを納得できようはずもないし。

ここにある落差に愕然とする。
ここにあるのは距離などというものではなく
文字通り落差であり、地平は完全に断絶している。

殺人者のカテゴリーとしては
1,意識的な殺人者
2,精神錯乱による殺人者
3,過失による殺人者
というものがあげられる。

1については先に述べた様に
刑罰をコストとしか考えない。
合理的な選択者である。

3で典型的なのは交通事故であり
これだけはもしかすると和解の可能性があるかもしれない。
少なくとも殺人者は悔恨の意を示す権利を持つと
みなされているからだ。

2は異常者である。
1のように合理的な選択をした形跡が見られず
合理的な動機の説明もできず
対処法としては隔離しかない。

これをいちいち挙げているのはなぜかと言えば
どうも話題になる殺人というのは2を装った1であるように思えてならないからだ。
不可解な殺人だけれど、本人はコストを了承しておりむしろ清算を急ぐ。

なんか、引っかかりがいろいろとあるのだけれど
ちょっと糸口が見当たらないのでまたしばらくこれは
お蔵入りかな。

仕事の時間なのでいってきます。

|  善と悪/正常と異常 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト

| - | - | - |









http://mizutetsu.jugem.cc/trackback/118