雲の湧き上がるように。


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可能的世界について
詩論を書くと
僕にとっては小説と詩の違いを
実は念頭において考えなければならず
いつもそこでは詩は「モノ」であり、
小説は「出来事」であるという中心的なイメージをおいて
書いている。

確かに詩的な表現に満ちた小説も
出来事を下敷きにした詩もあるが
最終的にそれぞれはモノと出来事を目指す。
しかしそれはどちらも世界の構築でもあるのだ。

世界の構築というのは
新しい文法の創出であり
新しい語のつながりの創出とともに
可能的世界を顕在化し、ひとつのリアリティを作り
それとともにまた、その文法に従った可能的世界をひそませた
新しい世界を固定するのである。

詩と小説は世界の構築に至るまでの
道筋の違いではある。
しかし、モノから開ける世界と
出来事から開ける世界が同じなのかは
少し考えてみる必要があるように思う。

書き始めるとここから
1時間以上はかかる気がするので
まずはこれをイントロダクションにして
いったん切り上げよう。

次に書き始めるのは
それぞれの世界の構築のされかたを
もう少し詳細に見ながら、提出されたものの違いをみきわめようと思う。

そして、その次には
小説の出来事としての世界が
変化を中心にしていることを念頭に置き
存在と変化について考える。
ここで気づくことがあれば詩も個別に見ることが必要になるだろう。

最後にこの大カテゴリーの
同心円/文節に還元できるような形で
この可能的世界についてを終えるとしよう。

| 境界の思考(同心円、分節) | comments(0) | trackbacks(0) |
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