雲の湧き上がるように。


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名古屋、日本の中の日本。
朝九時出勤の14時から休憩
そして、22時からまた勤務。
まったくなんてことだろう。

一日中名古屋に拘束される。
名古屋好きだからいいけど。
そんなわけで、軽く昼を食べて
昼寝して「<意味>への抗い」を少し読み進めて
それから夕飯前に散策をする。

(ほんとはネットカフェでも探して
そこで軽食をとって夕食にしようかと思ってたのだけれど
結果的に見つからなくてよかった。)

ふらふらと街にさまよい出る。
僕の働く店は栄の裏で、
いかがわしい店もたくさんある。
でも、いかがわしい店が広範囲にありすぎるのか
ともかく、普通のこじゃれた店も
そのすぐ隣にあったりするから見逃せない。
仕事上がりの人々が
かったるいような、嬉しいような声を出しながら歩いている。

ほんの一本、二本いったら大通りで
表は綺麗そのもの、いかがわしい店も空気もないというのに
笑ってしまうぐらい名古屋はそこらへんが徹底している。
名古屋は大通りという建前に囲まれた
本音で生きている。

ラシックを眺めながら通り過ぎ
名古屋をきちんと押さえるなら
地下街もきちんと通らねばね、と階段を降りる。
泉の広場とか懐かしい標識とともに
オアシス21だなんて新しい標識もある。
でも、空気は高校の時に、そこを通り抜けたのと同じ
よどんだ空気だ。

裏町も地下街も空気は淀んでいて、
いや、正確には風はあるのだけれど
それは主に人が歩くときに起こる風で
淀んでいるように感じる湿度の高さは
人が吐く息の湿度であって、
そういうものを感じると、僕は街に
力をもらうような気分になる。
街にある熱量をわけてもらうのだ。
(あぁ、こういうことに快感を覚えるから
煙草もすんなり覚えられるわけだ)

標識にしたがうまま、オアシス21へ。

僕はここにはなんの思いいれもない。
ただ、その先にある芸術文化センターは
合唱団にいた頃にコンサートさせてもらったりとか
高校の時に演劇の資料やビデオを見ていたりとか
甘酸っぱくはないけれど、懐かしい記憶があったので
そこに近づいて見たかったのだ。

オアシス21自体は機能としては
バスターミナルを緑地化して
魅力を高め、いくつかのテナントをいれて
商業的にも役立つように作られている。
地下街からいくと、ステージがあり
よくわからん人がギターでライブをしていた。

テナントに囲まれたそこは
新風館のステージを思い出さないでもない。
ただ、新風館は箱庭ショッピングセンターとして
それなりにまとまっていて、その中心に祭壇があるわけだが
オアシス21のはどうもちぐはぐで、
安っぽいバザーのようだった。
店が同じ意図を共有しているというより
それぞれの思惑で、ただその場に居合わせているだけのような。

空が見えるようになっているそこからは
コカコーラのネオンが光る。
たしか、新風館では小さな鳥居が見えたはずの場所に。

なんか、笑ってしまう。

エスカレーターをつたって
地上に出ると、そこは地上から少し上に作られた
空中庭園で、くつろぐのには悪くないが、
サンシャイン栄という観覧車が見える。
パチンコ屋が勢いあまって作ったらしいうわさのあれだ。

お金に食い散らかせるのがお得意なのだ。
そして、そういう建前の部分とは別に
ごみごみした雑踏はずっと残るのだろう。
とても日本的だ、と思う。

公園では国籍不明な男が数人
写真を撮っていて、うしろには国旗が
ここが日本の植民地であるかのようにはためいている。

| 感情の風景 | comments(1) | trackbacks(0) |
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らっかせいは、栄へごみごみ♪
| BlogPetの「らっかせい」 | 2005/06/18 9:21 AM |









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