雲の湧き上がるように。


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年金問題の取り扱い
今さらだけど
年金問題というのが問題になった時
僕にはまったく意味が分からなかった。

何がどう、問題なのだと。
脱税ではなくて、年金の未納が問題だと。

国民の義務には
納税の義務はあるが
年金納入の義務なんてのは聞いたことがない。

どうもよく聞いていると
「まったく足しにもならない年金を
あれこれ工面して払っているのに、
お前が払わないのはけしからん」
という感じのようである。

俺は損をしそうなのだから
お前も損しろ、と言いたげである。

というか、これは特にサラリーマンは
会社がまとめて払っちゃうから選択の余地がないのに
お前は払わなくて済ませられるじゃねぇかと
そういうことな気がする。

結局、これが問題になってるのは
年金で得することができないからで
年金で得することができるなら
未納であっても「ふーん」って感じなんだろう。

自分が個人的に得をしないけど
公共の福祉のために必要な財源ってのは
いわゆる税金として取られるのが建て前なので
だったら年金を税金という形にして
増税するのがいいとは思うんですが
何故かそういう形にならない。

たぶん、集まった年金の帰り道が
個人に向かうから、どうも建て前的にも微妙なんだろう。

あと、リスクが変動するなら
個人が勝手に積み立てなり保険なりを活用してもらうことにして
生活保護とかそういうものは
高齢者だけでなく、すべての無収入者に対しての
セーフティーネットを整備するという形も考えられる気はする。

まぁ、僕はなるようになるさと
制度的なことに関しては、あまり考えずに
とりあえずほっといてるのだけれど
僕がここで、引っ掛かっているのは
その攻撃の仕方というか、判断の仕方が
なんだか、違法-合法という枠組みを
援用したがっているような気がしてならないということ。

要するに形式的な行為の
明文化されたルールに対する信頼(信奉?)の度合いが
高まっているように感じる。

言葉に関しては裏読みが深くなっている傾向が感じられるのに
こういう問題の対処の仕方というのは
ひどく形式に依存しているように思える。

それも、何かルールが動かしがたいもののようにして
あるように感じられる。
だって、年金って払わなくてもいいように
してもいいじゃないかって誰も言わない。
形式的な行為のルールとしての「法」というのは
もっと自由に変えられるものだと思うのだけれど。

もっといい切り口はあると思うのだけど
うまく進めないので、また明日起きてから考えます。

|  善と悪/正常と異常 | comments(0) | trackbacks(0) |
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