雲の湧き上がるように。


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私である必要
速度というものは存在しない。
それは距離と時間の関数であって
速度がそれ自体として現前しているのではない。

むろん、速度を感じることもできるが
それを表現するためには関数のための
手続きを必要とする。

あるいは形容詞はすべて
なんらかの関数でないかと思う。
何と何のかはともかく
少なくとも対象と私を含む関数ではあるだろう。

「私」も同じく関数ではないかと思う。
それは時間と「あなた」を含む関数になるだろう。
「あなた」がいても過去も未来もなければ
「わたし」は存在できない。
なぜなら、それが「私」である
必然性が理解できない。

過去も未来もあっても
「あなた」がいないなら、
「私」は「私」として自意識を持つ必要がない。
というのも、その時
「私」は世界と直接に交流しているのであって
「私」は「私」のすべきことを
私自身に問いかける必要はなく世界に聞けばよい。

「世界」も「あなた」も
「私」よりそこに先にいる。
けれども、その決定的な違いは
「あなた」は「私」より先に遠くに行ってしまうということだ。
「私」は「世界」とともにあるが
「あなた」とは別の場所にいる。
「あなた」は場所ではないから
当然なのであるけれど。

そこでようやく「私」は
「私」である必要にたたされる。
「私」は否応なく「私」であらなければならない。

功利的にはどうみたって「私」であることは不利であるが
それは倫理的にどうこうとかいう問題ではなく
必要なことなのだ。

| 虚構を抱えた現実を抱き締めて | comments(0) | trackbacks(0) |
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