雲の湧き上がるように。


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うわさの言語論的転回
転回転回って、なぁ、
回ればいいってもんではないんですが
うふふ、えへへ、楽しそうなお題ですな。

ま、享子さんが整理してるんで
整理してるぶんは特に言う必要はないと思うのだけれど。
何を書くかって考えたらば、
とりあえず僕の立場として、あるいは
僕の視点について書いたらよいのだろ。うん。

享子さんの言う通り、
言葉は後追いだ。
だから、言えなくても
存在してるものは存在してる。

でも、それより前に
言葉は僕のものではない。
詩的言語は言語だけど
完全に私的な言語は言語ではない。

そういうことが大切。

だから、「云えないなら無いと同じ」
というないとさんにも一理ある。
あ、どういうことかっていうとさ、
私とあなた、そしてまだ見ぬあなたとの
あいだに共通の焦点を作ることができるかどうかってことで
それはたとえば共同の可能性であるだろうし、
共闘の可能性であるだろうし、決闘の可能性であるだろう。

存在は、ただただ、存在している。
だけれど、言葉にされないままでは意味が無い。
その存在に。

意味がない、というのは
別に悪いことでもなんでもないのだけれど
(だって意味がないんだから、悪いって意味もないよね)
意味っていうのが、様々な地平を開く選択肢を保持しているのは確かで
それをたくさん持ってるといざという時に、
色んな可能性の地平を私とあなたのあいだに開ける。

存在は、ただただ、存在しているから
何度でも言い換えられる。
もちろんあまり野放図だと意味を失うから
(意味はある制約(秩序)の上でようやく成り立つ)
ひとつの存在にたいしてはある程度の限界はあるけれど
存在をいくつかに分節していったり組み合わせたり
新たな存在に名付けをしたりしていくことで
その限界を押し広げることもできる。

あー、そうね、話がちょっとまとまんないね。
いつも通り(苦笑)
まーでも僕がここでいいたかったのは
このふたつ。

1)存在は言葉に先んじている。
2)言葉にならない存在は無いのではなくて、意味がないだけ。

そうだ、そうだ、「動的」にというのは
たぶん、存在とはみなしてないのよね、僕は。
それも言っとかないと。

動的にあらわれるのは観察の結果
名付けられる関数の一種で、
言葉によってのみ立ちあらわれる何かなんだってこと。

もちろん、存在じゃないから無意味だってことはなくて
そうではなくて、これはもう意味の塊なんですけど
だから、僕は「美しさ」だけでなくって感情は存在しないって
大見得きってもいいと思ってるわけ。

こういう存在じゃない意味の塊に関しては
3)言葉にならない意味は無意味であるどころか、無である。
と言ってもよさそうだな。

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